Shima-shima


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きみの合図で

危険な場所を進む時、チェリンカの役目は荷物持ちと荷物番だった。

アルハナーレム曰く類い希なクリスタル使いだと謳われようと、生身のチェリンカはさして秀でた戦闘技術を持っているわけではない。それに、クリスタルの力はユーリィが望む時にだけ使うことに決めている。

結果、戦闘状態に入った時は安全な場所を確保し、邪魔にならぬよう荷物と共に息を潜め、必要であれば怪我をした仲間にアイテムを渡す。それがチェリンカに出来る精一杯の事だった。

だから、持ちきれないものを除いて基本的に荷物の管理はチェリンカが受け持っていた。特に食料に関しては、野外の炊き出しが必要になった時には率先してその役割を受け持つためチェリンカ以外の手に渡ることはない。

なので、まずその異変に気付いたのもチェリンカだった。

(あれ?)

戦闘が終わり、崩れた柱の影から姿を現したチェリンカは持ち上げた袋に違和感を覚えて首を傾げた。

なんだか、妙に軽い気がする。

袋の口を緩め覗き込みながら、中身を確認する。 ひょうたんいもが、1つ、2つ……。まんまるコーンが、3つ、4つ……。しましまリンゴが――

数えるまでもなく、ユーリィの声がチェリンカの耳に飛び込んできた。

「ナッシュ、つまみ食いなんてズルいや!」

「だって、動くと腹が減る」

慌てて振り向くと、いつくすねたのだろう、両手にしましまリンゴを抱きかかえながらその中の1つをかじるナッシュの姿が飛び込んできた。

(あーっ!)

チェリンカの叫びにナッシュがびくりと肩を震わせて振り返る。

(アルがこの先に休める場所があるから、そこで一休みしようって言ったところだったのに)

「仕方ない! だってオレ、腹が減った!」

ぶんぶんと首を振って反論するが、ナッシュの表情はしまったこれはまずい――とばかり青ざめている。

(どうして、みんなで食べるまで我慢できないのっ?)

「腹減ってるのに、どうして我慢するっ?」

しましまリンゴを取り戻すべく、腕を振り上げながらナッシュに突進する。が、持ち前の身の軽さでひょいと躱し、チェリンカが体勢を崩した隙にナッシュは食べかけていたリンゴを一気に口の中へ押し込んだ。

(もう怒ったわよ。ナッシュ、"おすわり"っ!)

「うわっ!?」

なおも逃げようと背を向けたナッシュにチェリンカが声なき声を張り上げると、それに反応して今度はナッシュが体勢を崩しその場にへたり込んだ。

「くそ……っ」

(逃げようとするからよ)

動けず悔しそうに歯ぎしりするナッシュに、歩み寄りながらチェリンカがふんっと鼻を鳴らす。

「不思議であるな。ナッシュはチェリンカの声に反応するのであるな」

そのやりとりを眺めていたアルハナーレムが、うーんと唸りながら腕を組む。

「チェリンカの持つクリスタルの力なんじゃないの?」

その呟きにユーリィが振り返るが、アルハナーレムは静かに首を振った。

「いや、魔法の気配はなかったのである。そもそも他人を操るほどの力を使うなら、とてつもない対価を必要とするのであるからして、いくらチェリンカが凄いクリスタル使いでも、無事ではすまないのである」

アルハナーレムの長々しい講釈を背中に聞きながら、チェリンカは散らばったしましまリンゴを一つ一つ袋へと戻していく。

「チェリンカ」

と、はいつくばったままのナッシュにその手を掴まれた。

(ダメよ。今はあげな――

取られないよう手にしていたしましまリンゴを慌てて袋へ放り込むが、ナッシュはリンゴには目もくれず、起き上がりチェリンカの身体を抱き寄せた。

(きゃっ!)

「!?」

「!!」

驚く一同の視界で、チェリンカを抱きかかえたナッシュが壁のくぼみを利用して吹き抜けの二階部分へと飛び上がる。

「ナッシュ!」

「チェリンカ!」

入れ替わるように今まで二人がいた部分に別の黒い影が降ってくる。

「シャアアアァァァッ」

巨大な魚を摸したその生物は、石畳をたたき割り砂埃を上げながらその場に降り立ち両手の鎌首を振り上げた。

「!」

「くっ……!」

突然の来襲にユーリィとアルハナーレムは慌てて武器を構える。が、体勢を整える間もなく刃物のような両ひれは下ろされ、二人はそれを受け流すだけで精一杯だ。

(ユーリィ! アル!)

二人の様子に身を乗り出そうとするチェリンカの身体をナッシュは強く抱き寄せた。むき出しの胸元にチェリンカの頬が押しつけられる。

(!!)

息を呑むチェリンカをその腕に抱いたまま、ナッシュは続けて三本、ユーリィとアルハナーレムに襲いかかるサハギンの背中へと矢を放つ。

「ギシャアァァア!」

サハギンが悶絶した隙にユーリィたちは体勢を整え直し、攻撃へと転じた。

(ユーリィ!)

それによしっと頷いて、ナッシュは反撃を受けぬよう再びチェリンカを抱きかかえ攻撃の足場を変える。

慌ただしい戦闘の気配に、あちらこちらから敵意を伴った気配が近付いてくる。

(ちょ…っ! 私は降ろしてくれて――

チェリンカの叫びを遮って、ナッシュが弓を構える。 そのたびに抱きかかえられたままのチェリンカは、鍛え抜かれた彼の胸板へと強く押しつけられ圧迫される。

ナッシュが矢を放つ。一撃、二撃。ユーリィたちを狙ってやってくる敵を上から牽制し、撃退する。けれど蠢く敵意は次々と襲いかかってくる。休む間もなくナッシュは次の矢をつがえた。

(私、邪魔だから! 降ろして、ナッシュ!)

チェリンカは叫ぶが、ナッシュは聞こうとはしない。ただ、強く強く抱き締めるように矢をつがえ放つ。

そのたびにチェリンカの胸に戦いとは別の動揺が生まれ心をかき乱した。自分の存在がなければナッシュはもっと自由に戦えるのにと歯がみする反面、直に触れる彼の肌に体中がカッと熱くなる。見上げれば普段はあまり見ることのない真剣な彼の横顔が飛び込んできて、跳ね上がる心臓が痛くて直視できず慌てて視線を逸らした。

このままではダメだ。何がダメなのかよく分からないけれどとにかくダメだ。そう判断し、チェリンカは攻撃の合間を覗った。

ナッシュの腕に抱かれながら息を潜めるチェリンカの視線の先で、ナッシュ、ユーリィ、アルハナーレムの連携攻撃が決まった。大打撃を受けた敵方が体勢を整える為の間が生まれる。

戦闘中と言えど、今なら危険は少ないだろう。ふぅ…と一息吐くナッシュに向けて、チェリンカは声なき声で叫んだ。

(ナッシュ、"おすわり"!)

声に反応したナッシュがへたり込んだ隙に腕から逃れる――つもりだった。

「?」

しかし、ナッシュは先ほどのようにチェリンカの声に反応しない。

(え?)

平然とするナッシュにチェリンカは目を丸くした。が、ゆっくりと驚いている間もなく、再び殺気立った空気にナッシュがチェリンカを抱き寄せる。

そして、また戦闘が始まった。

*

戦闘は、結局小一時間ほど続いた。

その間ナッシュはずっと、チェリンカをしっかりと抱いていた。

「ふぅ」

自分たち以外の動くものがなくなったと判断し、ナッシュはようやく全身の緊張を解いた。そしてようやくその腕からチェリンカを解放する。

「チェリンカ! ナッシュ!」

同じように周囲への警戒を解いたユーリィとアルハナーレムが、武器を収めながら駆け寄ってくる。

けれど、チェリンカは自分を解放したナッシュから目を逸らすことが出来なかった。

「どうした、チェリンカ?」

まじまじと見つめられて、ナッシュが不思議そうに目を瞬かせる。

(ナッシュ)

「ん?」

何か様子が変だと立ち止まるユーリィたちの視線を受けながら、チェリンカはゆっくりと口を開いた。

("おすわり"!)

「うわあ!」

チェリンカの声なき声に反応して、ナッシュがその場にはいつくばる。

「ちょっ、ちょっと、チェリンカ!」

「一体どうしたというのであるか?」

突然のことに、ユーリィとアルハナーレムが声を上げる。が、その声など届かぬかのように、チェリンカは転がるナッシュに困惑の色を深めた。

(どうして――?)

わからない。さっきは効かずに何故今チェリンカの声がナッシュに効いているというのだろう。

そもそも、どうしてナッシュに自分の声が効くのだろう。それすらもチェリンカは考えたことがなかった。

(……………………)

考えを巡らせて、ユーリィとアルハナーレムを振り返る。

「チェリンカ?」

「どうしたというのであるか?」

試したことはなかったが、ユーリィたちにも同じように効果があるのだろうか。

考え込んでいると、足下のナッシュがこっそり動き出す気配がした。

「あ!」

(ナッシュ!)

それに気付いたユーリィも声を上げる。

慌てて振り返ると、そろりそろりとナッシュが食料の入った袋に向かって身体を引きずっているところだった。

叫び声に気付かれたと知ったナッシュは、くるりと身体を起こして床を蹴る。

「だから、オレ、腹が減った!」

全速力で食料へと走り出すナッシュに、チェリンカは叫んだ。

("おすわり"!)

「うわっ!」

再び、食料まであと一歩というところで、ナッシュの身体が床に沈んだ。

'07/09/20

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