Shima-shima


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ゆめうつつ

視界一面が赤く燃えていた。 朽ち果てた建物の影に踞っていても、燃えさかる河の色は熱波と共にゆらゆらと瞼の奥へ這入り込んでくる。

空本来の色がわからなくなるぐらい大地が、海が、河が赤く焼け、地上にいるものの命を削っていく。

"罪人の島"。兵士たちがそう表現していた通り、ここはまさに人の手を借りぬ死刑執行所だった。即座に命を奪わない代わりに、真綿で首を絞めるように殺されていく残酷に優しい場所。苦しみながら死ねと吐き捨てられた言葉が、チェリンカの脳裏に蘇る。

(それでも、生きていれば未来を掴める)

苦しみに挫けそうになる心に、チェリンカは頭を振った。限界に近い体力はもう声を紡ぎ出すことが出来ない。

(王様は、無事かなあ?)

閉じた瞼の裏側で、凶刃に倒れたコルカ王を思う。目を閉じてなお燃えさかる赤が、彼の身体を赤く染めた血を彷彿とさせた。 クー・チャスペルの叫びにすぐさま兵士が駆け付けたとはいえ、それで安心できるような浅い傷ではなかった。罪人の疑いをかけられたチェリンカたちに彼の安否を伝えられるはずが無く、胸の中には不安だけが募った。

(ユーリィ……、ナッ……)

遠ざかりそうになる意識を必死で繋ぎ止める。辺りの探索へ出かけたみんなが戻るまで、チェリンカはこの場の安全と荷物を守っていなければならない。

止め処なく流れる汗にひどく喉が渇いたが、焼けた喉を動かしてもすでに唾液で湿らすことすら出来なかった。

(生き、なきゃ……。生きて、そして、未来を――

掴まないと。そう己を奮い立たせようとしたチェリンカの言葉に、誰かの言葉が重ねられる。

「そう、未来はアナタが望めば変えられるのです」

突然の声に驚く余裕すら残っていなかった。ただ反射的に身体を震わせて、のろのろと顔を上げる。

「辛いでしょう。苦しいでしょう。望みなさい。そうすれば、アナタの望みをクリスタルは叶えてくれる」

顔を上げた先には陽炎がゆらゆらと揺れていた。ゆらゆらと密集して一つの影を象るそれは、チェリンカににやりと笑いかけた。

「望めばその苦しみからも解放される。今すぐ楽になれますよ」

(楽…に、なれ…る……?)

見覚えのある仮面をつけた影は、声なきチェリンカの言葉に笑いながら頷いた。

「ええ。そして……してやりましょう。アナタにはその力があるのです」

(?)

言葉が上手く聞き取れない。首を傾げるチェリンカに、影は両手を赤く燃える天へと掲げた。

「アナタをこんな目に遭わせた奴らに復讐を! さあ、望むのです!」

(!!)

瞬く間に巨大化したかと思うと、影は息を呑むチェリンカに向けて覆い被さってくる。

身を縮こまらせ拒むように硬く組んだ両腕で己を守るが、影はチェリンカの身体に重くのし掛かり、両腕をこじ開けようとねじりきれるぐらい強く手首を掴んでくる。

「チェリンカ!」

苦しい息の元、耳に馴染んだ声を聞いた。

と、あれだけ重くのし掛かりチェリンカを苦しめていた影が嘘のように消え去る。

「チェリンカ、平気か?」

声の主は痛みの残る手首をそっと手で包み込んだ。そして瞬く間に強張らせていた身体を解いてしまう。

「ナッ……」

「顔色悪い。辛いのか?」

抱きかかえ覗き込んでくる赤い瞳に声を上げるが、喉が掠れて音にならない。仕方なしにチェリンカは首を振って平気だと伝える。

「バカだな。嘘吐いたところで、見ればわかる」

チェリンカの強がりを、ナッシュはにぃいと笑い飛ばした。そして腰にぶら下げていた革袋を外し、チェリンカの前に掲げて見せた。

「ほら、この中雪入ってる。雪だぞ雪! ――こおり、だっけ?」

そこで一旦言葉を句切りどっちだっけと首を傾げるが、すぐにどっちでも一緒だとチェリンカに向き直る。

「ま、いっか。とにかくこれ冷たい! 飲めばきっと元気なる」

微笑みを浮かべながらナッシュが革袋を揺らすと、たぽたぽと柔らかな水音が鳴った。おそらく帰ってくるまでに熱で溶けてしまったのだろう。だが、まだ袋からはひんやりとした冷気がチェリンカの頬に伝わってくる。

「後からユーリィたちも食べ物もってくる。こんなとこでも捜せばちゃんとある」

そう言って、ナッシュはチェリンカの唇に口をゆるめた革袋を傾けた。

が、ナッシュの姿に安心したのもあるのだろう。身体に上手く力が入らず、雪解け水は口元を伝ってこぼれ落ちてしまう。

「チェリンカ、飲め」

首元まで濡れたチェリンカに顔を顰めナッシュは更に革袋を傾けるが、服を湿らす染みは広がるばかりだ。

「……………………」

一旦革袋を離し、どうしたものかとしばし考え込んでいたナッシュだったが、やがて革袋の中の水を自分の口へと流し込んだ。

「ナッ――――

そしてチェリンカの上に覆い被さり、驚くチェリンカの唇を水に濡れた唇で塞いだ。

重ねられた唇から冷たい水がチェリンカの中へと流れ込んでくる。息苦しさも手伝って一気に飲み下すと、一旦解放され、そしてすぐにまた火照った唇に彼の冷たい唇が押し当てられる。

そうやって何度か繰り返し、ひりひりと痛んでいた喉が落ち着きを取り戻した頃、ようやくナッシュの身体がチェリンカから離れた。

――――――――

「……………………」

いつになく真剣な眼差しを向けてくるのは、チェリンカの調子を覗っているからだろう。

楽になったよ――。そう伝えたくて、チェリンカは微笑みを浮かべた。

微笑むチェリンカを見て、ナッシュも微笑んだ。それから、何故かすぐにチェリンカから視線を逸らす。

(あれ……?)

その横顔に何か違和感を覚えたのだが、その正体は結局わからないまま終わった。

疲れ切っていた心と体が、安堵を得て眠りの淵へとチェリンカを引きずり込んでいく。

(ナッシュ?)

何がおかしいのだろうと考えながら、チェリンカは重い瞼を閉じた。

瞼の裏側まで真っ赤な光がチェリンカを追ってくる。 空も大地もここでは世界の全てが赤い。

赤い、赤い。瞼の裏側も、そして。

ナッシュの横顔も――

*

「!!」

意識の覚醒と共に、チェリンカは跳ね起きた。そして、自分が眠りこけてしまっていたことに改めて衝撃を受ける。

何かを握りしめていることに気付き、視線を落とすと自分の身体にユーリィの上着が掛けられているのに気付いた。

「あ、目が覚めた?」

飛び起きた気配を感じたのだろうか、崩れた壁の影からユーリィが顔を覗かせる。

「ユーリィ?」

微笑む彼に、チェリンカは目を瞬かせた。なんだか上手く置かれている現状を把握できない。

「ごめん、チェリンカにだいぶ無理をさせちゃってたね」

「無理?」

歩み寄り膝を折って額に手をあててくるユーリィに、何のことだろうとチェリンカは首を傾げる。

「さっきまでかなりの熱が出てたんだよ。うん、でも今は薬が効いたみたいだ」

額の次に両頬を包み込んで熱を確かめると、安心したとばかりユーリィが笑った。

「薬なんて、一体どこに――?」

いくら前後関係があやふやになってるとはいえ、今自分たちが罪人島に送られているのはわかる。こんな場所のどこに薬があるのだというのだろうか?

驚いていると、ユーリィとの話し声を聞きつけたのか今度はナッシュが顔を覗かせた。

途端、脳裏に人に言えないような恥ずかしい光景が思い浮かんできて、チェリンカは慌てて顔を伏せた。その光景の中にいたナッシュと目の前のナッシュが重なって、彼の顔を直視できない。

「モーグリから奪った。オレ、チェリンカおかしい気付いた。褒めろ」

「ちゃんと代金は払ったよ」

胸を張りながらやってくるナッシュの言葉を、ユーリィが捕捉する。そしてこの島にやってきているアルテミシオンのことを教えてくれた。

「ねえ、ここにあの仮面の人がいなかった?」

丁度今ユーリィが立っている位置に見た影を思い出し、チェリンカは尋ねた。あの生々しさは夢だとは思えないし、モーグリ商会がやってきているのなら彼が来ていてもおかしくはない。

けれどユーリィは静かに首を振った。

「ううん。ここにはアルテミシオンたち以外の人影はなかったよ」

「そう」

なら、あれはやっぱり夢だったのだろうか――。考え込むように俯くと、チェリンカの目に水に湿った胸元が飛び込んでくる。

「!!」

夢で見た光景と合致する事実に、チェリンカは息を呑んだ。

夢? 現実? どこからどこまでが本当にあったことなのだろう。

「チェリンカ、まだ調子悪いか?」

動揺していると不審そうなナッシュの声がかけられた。

「え? ううん、もう平気」

慌てて首を振って、動揺を誤魔化す。首を振った勢いで、蘇ってきたナッシュのまつげの長さだとか柔らかな唇の冷たさだとかを吹き飛ばした。

「じゃあ、そろそろ行こうか。アルとミースがだいたいどこへ向かえばいいか考えてくれたよ」

チェリンカの言葉に、ユーリィが立ち上がる。そして、チェリンカの意識が回復したことを伝えに踵を返した。

後に残されたナッシュは、まだ納得がいかないとばかりチェリンカを見据えていたが、やがてため息一つ吐いて視線を外した。

「ならいい。でも――

言って、ナッシュも踵を返す。

「顔赤いぞ」

吐き捨てたその横顔が、夢で見たのと同じように赤く染まっていた――気がした。

'07/09/23

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